#20 「羆の行動特性 ブラフチャージ」
今回はアイヌの人々に「キムンカムイ」とされていた「羆~ヒグマ~」の行動特性について書いてみようと思います。
ブラフチャージ
ブラフチャージという言葉を知っていますか?
・ブラフ(Bluff) ・・・はったり・虚勢
・チャージ(Charge) ・・・突進・攻撃
という意味で「威嚇突進行動」とも呼ばれています。
これは熊の行動特性で相手(敵)の様子をうかがう目的で突進し相手(敵)を威嚇するという行動です。
突進し途中で立ち止まり地面を叩く等の威嚇をした後、後退するなど、攻撃目的ではないことが多いとされています。
羆とて人間に怖さを感じていて攻撃せざるを得ない状況になるとこういった行動にでようとします。
実際にこんなことが目の前で起こったら怖くて逃げちゃいますよね?
でもそれはやってはいけないNG行動です。☝
次の項では、ブラフチャージを受けた際、どういった行動をとるべきか?を書いていきます。
ブラフチャージを受ける原因
北海道の大自然の中で活動しているとどうしても避けられない羆リスク。
うっかり、バッタリ出くわした時のために、羆の行動特性をしっかりと知ることが大切です。
ブラフチャージを受けるまたは、受ける危険性があるということは、当然、羆もあなたの存在に気づいている状況です。しかも威嚇をしなければならないほどの理由があるはずです。その理由を考えてみましょう。
子熊を連れている
母熊は非常に母性本能が強く子熊に近づくものを敵とみなし攻撃します。
この場合は、ブラフチャージなしで直で攻撃してくる可能性も十分あります。
子熊を見かけた場合は、必ず近くに母熊がいるとても危険な状況だということを認識しましょう☝
餌(羆の餌場や動物の死骸)が近くにある
羆は食べ物に対する執着が非常に強いです。
1度自分のものと認識した食べ物を奪われるまたは、
奪おうとすると攻撃対象になってしいます。
自分が羆の餌場のテリトリーに入っていないか?
近くに動物の死骸などがないか?確認することが大切です。
人間の存在に気付くのが遅れうっかりバッティングした場合
羆は視力が悪いと言われています。その分嗅覚、聴覚が優れていますが
強風で臭いが消されたり、沢の水の音などでお互いの存在に気付くのが遅れ至近距離でバッティングした場合、攻撃的な行動をとります。
気づきにくい状況(強風・水の音・先が見えない曲道等)では
自分の存在を知らせる手段をいくつか持っておくことが大切です。
ブラフチャージを受けた場合の対応
とは言え、いつ羆と遭遇してしまうかわかりませんし最悪、ブラフチャージを受けてしまう状況がいつ起こるかもわかりません。
そして、羆の突進行動がただのブラフ(はったり)なのか?
本気のチャージ(攻撃)なのか?は、羆にしかわかりません。
実際にこのような状況になった場合の対応方法を挙げていきます。
落ち着く・逃げない・小さくならない
・まずは落ち着くこと( 1番難しいかも(^-^; )
・背中を見せて逃げない。羆は逃げるものを追う習性があります。
しかも最高時速60Km/hという速さで走ることができると言われています。
逃げても無駄です。
・羆は小さくなるもの=弱いと認識します。しゃがんだりするのは危険です。
熊スプレーの準備
熊スプレーを携行している場合は熊スプレーの安全ピンを抜いて噴射準備に入りましょう。
風上に立って噴射するのが基本ですが緊急時は、目を保護しながら使うしかないでしょう。(私は普段から紫外線対策も兼ねてアイウェアを使用しています。)
十分(3~4m)に引き付け一気に噴射します。(出来る自信がないw)
ただ、熊スプレーがあると精神的な安心感はかなり増すと思うので冷静さを保つという面で精神安定剤にもなると思います。
重要☝
普段からすぐ取り出せるところに携帯すること!Js0nは腰ベルトやザックのショルダーベルトにカラビナでつけて携帯しています。
大声を出す・自分を大きく見せる
最悪の状況になった場合は、大声を出し出来るだけ自分を大きく見せるようにしましょう。
高い所に登り、両手を上に広げて大声を出す。複数人であれば一か所に集まりより大きくみせることが効果的です。
攻撃を受けてしまったら
最悪の状況は絶対に避けたいですが万が一、攻撃を受けてしまった場合は、背中を丸め四つん這いになり急所を隠し、手で首(頸動脈)を覆い防御態勢を取りましょう。
羆の攻撃時間は1分程度と短いのが特徴です。
また、抵抗すればするほど攻撃時間が長くなるそうです。
死んだふりが有効と言われるのは、「抵抗しない(死んだふり)=攻撃をすぐやめる=命が助かった。」からきていると言われています(諸説あり)
まとめ
近年、北海道では羆の目撃情報が増加し、市街地での目撃例も増えています。
北海道でアウトドアを楽しむためには、しっかりとした知識と熊スプレーなどの熊対策グッズは必須といえます。
併せて、羆や自然の動物に餌やりなどの行為は絶対にしない様、強くお願いします。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
#19 「沖縄と北海道の共通点 ~縄文人~」
今回は、沖縄と北海道の共通点について書いていこうと思います。
「港川人」
似ている外見
あるアイヌ人の女性が沖縄へ行くために九州からのフェリーに乗船中、沖縄の人が沢山乗っていて普通に沖縄の方言で話しかけられたという。
方言が理解できなかったアイヌの女性が標準語で聞き返すと「都会人ぶって、かっこつけるな」と怒られたという。
自分がアイヌ民族だということを説明し何とか理解してもらえたらしいが沖縄の人ではないことに驚きを隠せなかったという。
また、アイヌの人々もテレビなどで沖縄の人々を見ると「ウタリ(同胞・親族・仲間)のようだ」と言っていたという。
※引用「アイヌってどんな民族なの?歴史や遺骨が海外にある理由を調査! | Topic Clouds」」
琉球とアイヌの「入れ墨」の意味
沖縄では明治20年代まで女性が「結婚した証」として手の甲に入れ墨をする風習があった。また、入れ墨をしない女性は「あの世」へ行けないと言われていた。
一方、アイヌ民族の女性達もまた、一人前の女性の証に口のまわりと手の甲~肘に入れ墨をしていた。また、入れ墨をしていないと「結婚」も許されず「あの世」へ行くこともできないと言われており女性が入れ墨を入れる意味に類似点が多い。
また手の甲の入れ墨の模様も似ていると言われている。
引用「https://caseyka.jp/2018/11/13/4901/」
その他の共通点
この他にも、身体的特徴・言語・地名・風習などにも類似点があると言われており、琉球民族とアイヌ民族のルーツは同じではないか?と言われている。
縄文人
ここで出てくるのが「縄文人」の存在で、琉球民族やアイヌ民族以前に古くから日本全域で元々、生活していた。
弥生時代に渡来集団が流れ込み、縄文人との混血が急増し「和人」となったというのが濃厚説。
そして、「琉球民族・アイヌ民族」共に縄文人の遺伝子が色濃く残っていると言われている。
推測
js0nは2つの仮説を立てています☝
①和人が急増し縄文人が南北端へ追いやられた説。
②和人が急増したが琉球、蝦夷地は比較的、最近まで和人が入ってこなかった説。
あくまで推測の域を脱しませんが・・・
まとめ
いかがでしたか?
沖縄と北海道、なんだか遠い存在ではないような気がしてきますね。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
#18 「アイヌの古戦場〜石垣山〜」
前回は、NACSさんの演劇「PALAMUSHIR」をアイヌ語でポロモシル(大きい島)と説明しました。
今回は
「アイヌの古戦場〜石垣山〜」について書いていこうと思います。
サン・コロ・カムイのいる山
標高525mのこの山は、上川郡愛別町の中愛別付近に位置し、昔上川アイヌと十勝アイヌの戦いの場にもなったと言われています。
以前、お話した「インカルシの戦い」でも書いたように、十勝アイヌは好戦的だったと推測されます。
また、この山には、病魔を追い払う力を持つ神「サン・コロ・カムイ」がいたと言われています。
柱状節理の奇岩の壁
石垣山には柱状節理(火山で流れ出た溶岩がゆっくり冷え固まって規則正しい柱のような割れ目ができた通常六角形の岩)の岩壁がありクライミングの聖地としても有名です。
岩壁をトラバースするように進み、途中からお地蔵さんが現れ、地蔵巡りをしながら頂上へ向かいます。
頂上
実質的な山頂であり三角点は別の場所にあります。
頂上は広くなだらかな場所ですが端の方は断崖絶壁になっている部分もあるので要注意⚠
松浦武四郎・間宮林蔵宿泊の洞窟
この石垣山には、幕末の探検家、松浦武四郎と間宮林蔵が宿をとったと言われる洞窟があります。
登山口より登り始め柱状節理の壁が現れて程なく左側に整備された階段があります。
そちらに登っていくと行き止まりになるのですが柱状節理の岩の間から展望台のような景色が見ることができたり、松浦武四郎等が宿泊したと洞窟?岩穴?があります。
人工的に作られたのかはわかりませんが、畳3畳程に綺麗にえぐられた岩穴があります。
確かにここなら雨風凌げそうだなという感じです。
Js0nもここでその当時の光景を想像しながらコーヒーやビールを飲んでぼーっとするのが大好きですw
最後に
アイヌの時代、神のいる山とされていた山だけあって神聖な雰囲気があります。
秋には桂の木のバニラの様な甘い香りの中、紅葉トレッキングも中々ですよ!
皆さんも近くに来ることがあれば是非登られてみてはどうでしょう?
最後まで読んでいただきありがとうございました!
#17 TEAM NACS「PLAMUSHIR〜信じ続けた士魂の旗を掲げて〜」から辿る北海道の歴史
前回のテーマは第七師団について書きました。
今回は、帝国陸軍の戦車隊第11大隊のお話で2018年にTEAM NACSさんが全国ツアーを開催した演劇、「PALAMUSHIR〜信じ続けた士魂の旗を掲げて〜」をリレーしていきます。
TEAM NACSさん、北海道民なら誰もが愛してやまない存在です。
地元テレビでの暴れっぷりといったらw
今では、「日本一、チケットを取れない劇団」とさえ言われています。
そんなTEAM NACSさんの「PALAMUSHIR~信じ続けた士魂の旗を掲げて~」
舞台は日本がポツダム宣言を受諾し停戦中の8月18日~21日の間にソ連の奇襲攻撃によって武装解除中だった日本軍との間で起こった戦闘、「占守島の戦い」のお話です。
PALAMUSHIR
皆さん、何て読むかわかりますか?
Js0nは、最初「パラムシャー」と読んでいましたw
この島の読み方は複数あるようで「パラムシル」「ポロムシル」「ホロムシロ」等と呼ぶそうです。
ロシアではパラムシルと呼ばれ、日本では漢字で「幌筵」と書くことから複数の呼ばれ方が存在するのでしょうね。
しかし、元を辿るとアイヌ語の「パラ(広い)・モシル(島)」「ポロ(大きい)・モシル(島)」などが由来とされていてこのこの千島列島にも「アイヌ」という存在がいたことがこの地域の地名にも影響しているのでしょう。
ここではパラムシルと幌筵の間をとって以下「ポロモシル」と呼びます✋
ポロモシルは千島列島にある島でカムチャッカ半島から2番目に近い、千島列島の中では大きな島です。先ほどの「ポロモシル(大きい島)」という地名も頷けると思います。
ポロモシル島の上、カムチャッカ半島に一番近い占守(しゅむしゅ)島。この島から物語は始まります。
占守島の戦い
アメリカとの戦闘に備えポロモシル島と占守島を要塞化していた日本軍にとってポツダム宣言受諾の「玉音放送」は正に、晴天の霹靂だったでしょう。
そんな中、ソ連軍が「日ソ中立条約」を一方的に破棄し対日参戦し占守島へと侵攻を開始した。
ソ連軍はこの進行で北海道本土までも手中に収めようとしていた。
3日間の戦闘は、日本軍優勢で推移したが軍命により日本軍が降伏し停戦、多くの日本兵がシベリアへ拘留されました。
士魂部隊
TEAM NACSが演じる「士魂部隊」
「士魂部隊」とは、当時、満州から転進した精鋭部隊「戦車第11連隊」のことで
「11」を漢数字にすると十と_で「士」と呼んだのが由来。この占守島の戦いで圧倒的劣勢の中、日本軍以上にソ連軍に損害を与えた勇姿を継承すべく現在でも恵庭に駐屯する「第11戦車隊」が「士魂マーク」を継承しています。
士魂部隊の戦果
引用「特大発動艇+戦車第11連隊 - 艦隊これくしょん -艦これ- 攻略 Wiki*」
武装解除の命を受け撤退準備中の状況ではあった士魂部隊にとって、もうすぐ戦争が終わり、祖国に戻れるという期待の中でのこの戦闘は何とも言えない複雑な心情があったことが容易に想像できます。
軍命により、戦闘も「自衛の為の戦闘」のみに限定されていたが、その期限も18日午後4時まで。
18日午後2時・・・これを待っていたかのようなソ連軍の奇襲・・・
だが、士魂部隊にとってこの戦いには「大義名分」があった。
ポロモシル島には、缶詰工場などで働く多くの女工員や民間人がいた。
「もし、このまま降伏したら?」
女工員や民間人たちの行く末を案じ、そして北海道本土にいる家族たちを守る為、身を挺して武装解除という軍命に抗い、ソ連軍に抵抗したのです。
士魂部隊が徹底抗戦している間に女工員や民間人たちを北海道本土へと26隻の船で移送し、1隻を除いた25隻を帰還させました。(一隻は難破しソ連軍に収容)
停戦
3日間の戦闘は、停戦交渉が難航し21日、軍命により日本軍が降伏し停戦が成立した。
占守島の戦いで
◎ソ連軍側の推定値
・日本軍の死者 1000名
・ソ連軍の死者 1567名
◎日本軍側の推定値
・日本軍の死者 600名
・ソ連軍の死者 3000名
と両軍の数値に乖離はあるが、劣勢の中、日本軍がソ連軍に与えた損害がいかに大きいかがわかる。
ソ連人民にとって8月19日は「悲しみの日」と言われ、ソ連の司令官は後に、「甚大な犠牲に見合わない、全く無駄な作戦だった。」と回願録を残したとされているが定かではない。
最後に
引用「占守島に打ち捨てられた残骸=2017年7月(第11戦車隊士魂協力会提供) | 千島列島, 歴史教育, 米軍」
ポツダム宣言受諾から終戦準備中の空白の期間に起こった「占守島の戦い」。
教科書にも載っていない忘れられた戦いを一体、どれだけの人が知っていたでしょうか?
また占守島の戦いだけではなく、ソ連軍による南樺太への侵攻で4000人もの民間人が犠牲になっており、「女性たちの集団自決」という痛ましい出来事があったと言われています。
この実話を「演劇」として演じたTEAM NACSさん。DVD(特典付き版)ではこの悲惨な実話を演じることに対しての戸惑いや葛藤が収録されています。
NACSの皆さんにとっては、新しい挑戦だったのではないでしょうか?
普段は、コミカルで面白いイメージが強いですがこの演劇ではそのイメージを裏切るとてもシリアスな迫真の演技を観ることができます。
この戦争はノンフィクションですが
「限りなくノンフィクションに近い
フィクション」に仕上がっています。
※2022年3月22日追記
現在、ロシアによるクリミア侵攻が世界的な問題になっています。
現在クリミアで起きていることは、この第2次世界大戦時代の「PALAMUSHIR」で起きたことと全く変わらないことが起きているのです。
決して対岸の火事ではないことをこの「PALAMUSHIR」を通して多くの人が
今起きていること
これからの日本のこと
これからの世界のこと
これからのあるべき未来のこと
人間のあるべき姿を
真剣に考えるきっかけになればと願って止みません。
#16「第七師団(北鎮部隊)に纏わる都市伝説」
今回のテーマ「旭川の都市伝説」をご紹介します。
最強部隊 第七師団
ゴールデンカムイ人気で知った方も多いかと思います。
第七師団は帝国陸軍の師団であり、他に常設されていた部隊とは異なり、北海道の開拓と防衛を任せられていた「屯田兵」を主体として構成されていた。
部隊の通称号(暗号名:コードネーム)は、「熊」。
第七師団は北の守りの要として地元民からは畏敬の念を込められ「北鎮部隊」と呼ばれていた。
数々の激戦区においての第七師団の戦果は、多くの人に知られているところだが、意外にも第七師団所属の歩兵第28連隊は、日本史上最悪の熊害といわれる「三毛別羆事件」の討伐隊としても派遣されている。
そんな軍都、旭川では今でも語り継がれている都市伝説がある・・・次にお話するのはそんな第七師団歩兵第28連隊に纏わるお話です。
姿なき凱旋
引用「とあるAirsoftな人の覚書第8章:Memories of a Unknown Airsoft Gamer VI」https://uag.militaryblog.jp/e595862.html
※画像はイメージです。
日露戦争以降、第七師団は激戦地へと派遣されることが多くなる。
アメリカとの陸戦としては初の敗北を喫した「ガダルカナル島の戦い」へ、一木連隊長率いる一木支隊、歩兵第28連隊も派遣され1942年8月21日、アメリカ軍の執拗な包囲射撃によって殲滅された。
その日の夜、第七師団歩兵第28連隊兵舎のある軍施設では奇妙ことが起こったと言われている。
門番をしていた兵士が遠くから行軍してくる足音に気づき、28連隊の兵士達が帰還したと思った。
仲間を集め皆で出迎えようとしたがいくら待っても姿が見えない。
その足音は歩兵第28連隊兵舎までくると消えたという。
伝説の精鋭部隊であった「一木支隊」。
敗北しても尚、魂だけは帰還しようという誇り高き凱旋だったのかもしれない・・・
旧旭川偕行社
そんな第七師団兵舎跡地には未だその当時使われていた建造物が残されている。
現在は、彫刻美術館として利用されており、以前は郷土博物館として利用されていた。
旭川偕行社(かいこうしゃ)と呼ばれたこの建物は、第七師団の将校達の社交場として使われていた。
木造の大きな建物は、優れた洋風建築として国の重要文化財にも指定されている。
1949年に国から市へ移管された後は、学校や庁舎の仮施設として利用されていたがその後は利用されず荒廃が進み「お化け屋敷」と呼ばれるようになった。
そんなイメージからなのかはわからないが、郷土博物館時代に展示されていた人体模型が夜な夜な動くだとか、雨も降っていないのに雨具を着た兵士が行軍する姿を見かけたと言う噂話があるんだとか・・・
招魂祭の涙雨
「招魂祭」とは現在でいう「護国神社祭」のことで戦争で亡くなった軍人を祀っている神社を「招魂社」と呼んでいたことから招魂社のお祭りを招魂祭と言った。
旭川護国神社も数多くの第七師団や屯田兵の方々が祀られています。
そんな、「招魂祭」ですがこれもまた不思議な現象が起こると言われています。
招魂祭の開催時期は、毎年6月上旬。「前夜祭」「本祭り」「後夜祭」と3日間開催されます。
この招魂祭の期間中に必ず雨が降るというのです。
過去のデータを調べた方がいますがどんなに晴れていても、にわか雨、通り雨、スコール的な雨が降っているそうです。
地元の方々は、これを「涙雨」と呼び、戦没者の無念の思いが涙となって雨を降らせていると言われています。
最後に
いかがでしたでしょうか?
最強と言われた第七師団に纏わる都市伝説でした。
ただ・・・第七師団があった場所近くに位置する陸上自衛隊第二師団、旭川駐屯地に配属されていた自衛隊OBの方々とお話できる機会があり、第七師団に纏わる都市伝説について聞くこができたのですが、皆、口を揃えて直接、若しくは間接的にその存在を感じたことがあるという。
「信じるか信じないかはあなた次第です☝」