#13 「〜焼尻島ぶらり旅~」
~プロローグ~
2020年9月上旬。
北海道は短い夏が終わりに近づき秋に向かって走り出そうとしていた。
とは言え、まだまだ力強い朝陽に残暑を感じながら目覚める。
今日は平日休み、しかも2連休。
嫁は仕事なので自由人だ。
天気予報は晴れだったので前日からテン泊登山をしようと準備をしていた。
山の天気も晴れだったのだが、風が強い予報だったのでベッドの中でスマホとにらめっこしながら最終判断を脳に促す。
「 たまには山じゃなく離島にいってみるか…」
前日、用意した登山用のザックに食料と酒、夢と希望を詰め込んで、折りたたみ自転車を車にぶっこんで目指すは「焼尻島」。
突如、閃いたこの判断は、自分の価値観を大きく変えてくれる旅となった。
~焼尻島について~
Js0nの住んでいる地域から約3時間で行くことのできる「焼尻島」。
羽幌フェリーターミナルからフェリーで1時間弱、高速船で40分程度で行くことができる。
一周、約12kmのこの島は、2019年現在で人口198人のとても静かな島だ。
焼尻島はサフォークも有名で潮風に当たって育つ牧草を食べて育つためミネラルが豊富で肉質が柔らかく臭みも少ないと言われている。
年間出荷数も少なく「幻の羊肉」と言われ都内の高級レストランなどにしか流通しない超プレミア級の羊肉だ。
その他には、オンコの原生林があったり、「幸福の黄色いハンカチ」のロケ地となった場所もある。
~上陸~
オフシーズンだからなのか、平日のせいなのか、コロナのせいかは分からないがフェリーを利用する人はまばら(自分を含めて4人)で、観光客風な人はいなかった。
6年程前にJs0nは1度、焼尻島を訪れたことがある。
その時は、夏休み中の大学生や家族連れなど沢山の人たちが焼尻島に訪れ賑わっていた。
焼尻島に到着すると駐在さんが出迎えてくれる。
島への人の出入りをチェックするのが焼尻の駐在さんの日課であり最大の業務なんだろう…
折りたたみ自転車をフェリーから下ろしターミナル周辺を歩いてみる。
ターミナル隣には「島っこ食堂」があり、先述したサフォークを七輪で焼く「サフォークバーベキューセット(焼き野菜、ご飯付)」として2,500円で食べることができる。
※今回は島っこ食堂の営業時間外に到着、出発したため営業しているかは確認できなかった。
その他にも小さなお土産屋とレンタルサイクルの店もあるが共に営業はしていなかった。
~白浜野営場~
今日の宿泊地である「白浜野営場」へと向かう。
正直、思い付きでふらっと焼尻へキャンプをしにきたので大した下調べもせず不安があった。天候は大丈夫か?野営場は利用できるのか?野営場が利用者でいっぱいだったらどうするか?など、色々なことを考えていた。
だが、フェリーターミナルに着いたとたんそんな不安は無くなっていた。
6年前の光景とは全くの別世界だった・・・
ゆらゆらと筋を引く不思議な形の雲・・・最高の天気・・・だけどあの時と違うのは
「この島に一人だけ放り出されたような孤独感。」
それはある意味、この島を独り占めしているような優越感と無人島にいるような恐怖感が混在したような感覚だった。
フェリーターミナルから焼尻島のメインストリートへと向かう・・・とは言っても焼尻のメインストリートは民宿が2~3軒と郷土資料館、駐在所、商店が2軒くらいの街並みだ。
勿論、コンビニというものは無い。焼尻の商店は、言い方は悪いが「本当にやっているのか?」と思うような雰囲気でキャンプ用の食料調達は期待できない。
過去に訪れた時にそれが分かっていたため登山用に用意した食料と酒を自宅からそのまま持ってきた。
野営場へと向かう途中、フェリーターミナルから「ただ今のフェリーで入島された皆様へ、新型コロナウィルスにより・・・」と注意を促すアナウンスが流れる。
多分、よそ者は自分だけ・・・自分に向けられたアナウンスをしっかりと受け止めながら荷物の重さで何度もウィリーしそうになる自転車を漕ぎ続けた。
白浜野営場へ到着すると先客はおらず貸し切りだった。
この野営場は、海に直接階段で下りていける場所がある。
圧倒的絶景と開放感の中、とりあえずビールを飲む。
波と風の音以外の音は何も聞こえない。日常生活とは乖離したこの世界。
その違和感に何度も吸い込まれそうになり怖いくらいだった。
恐怖心を振り払うように人工的な音を立てながら特等席にテントを設営した。
〜サイクリング〜
「日没までには、まだ時間がある。さて、何をしようか?」
設営したテントに荷物を置き、自転車で島を一周してみる・・・
傾きはじめた夕陽を背に、誰もいない海岸線を潮風に当たりながら自転車を漕ぐ。
すぐ近くに見える島は「天売島」。
焼尻島とほぼ同じくらいの大きさだが人口が2017年現在で317人と焼尻と比べて多く観光スポットも多い為、焼尻より人気がある。
運がよければアザラシに会えるらしいので注意して探してはいたが結局、見つけることが出来なかった。
島の北側にくると、「幸福の黄色いハンカチ」のロケ地の看板があるが正直、何処なのかあまりわからない。
漁港を過ぎ更に自転車を走らせると「観音崎展望台」がある。
先月に行った利尻島が遠くにうっすらと見えている。
しばらく、利尻旅行のことを回想し野営場へと戻った。
〜静かな時間〜
野営場に戻るともう一人自転車でこられているキャンパーさんがいた。
よそ者が自分だけじゃないことに少し嬉しくもあり残念でもあった。
キャンパーさんと軽く挨拶を交わし、お互いがお互いの時間を邪魔しないように気遣った。
ビールを飲みながらくつろいでいると夕陽が自転車の前輪に沈んでいく。何となく画になりそうでカメラを手に取ってみる。
「一人きりのこんな静かな時間はいつぶりだろうか…?」
そんな事を思っていると、大切な事を思い出す。
「やべっ!嫁に焼尻きてるって連絡してねーわ」
慌ててLINEを送る。
Js0n「すみません。ふらっと焼尻まできました・・・」
嫁「はっ!?ふらっと行くとろじゃないよね?」
Js0n「すみません(汗) 明日戻ります・・・」
嫁「ちょっと自由過ぎん?まぁ楽しんで」
と若干冷たいものの理解のある嫁で助かった。
日も暮れ、一人きりの宴を楽しんだ。
〜月光〜
夕陽が沈みランタンに火を灯す。暗くなると余計に波の音が大きく感じた
・・・と、思っていたら夕陽と入れ替わりで月明かりが辺りを照らしだす。
もう一人のキャンパーさんもこの時間を楽しんでいるようだ。
遠くに見える明かりは北海道本土の街明かり、灯台のサーチライトが規則正しく本土を照らす。
ランタンがいらないくらいの月光は、よそ者二人を歓迎するかのように優しく照らしてくれていた。
酒も底をつきテントの中に入る。
ほどよく疲れた身体に一人用の小さなテントの空間は、外界と遮断され秘密基地のような安堵感を感じる。
ゆっくりと過ぎる時間の中、太陽を追いかけるように月も西へと傾いてゆく。
明日の予定なんて考える思考能力もなく就寝についた・・・
~東雲~
静寂というものは、時に自然の音を強調させる。
さっきまで当たり前に受け止めていた波の音が非常に大きく感じ目が覚める。
テントから出てみると月明かりで隠れていた星が姿を現していた。
慌ててカメラを準備する。慣れない星空撮影で四苦八苦しながらファインダーを覗いていた。
次第に周囲が明るくなりはじめる。
朝陽が昇る方角に椅子を向け東雲(しののめ)に薄れゆく星を捕まえてみる。
~オンコ原生林~
早朝、自転車を走らせオンコの原生林へと向かう。
昨日、飲みすぎて喉が渇いていたため途中、数少ない自動販売機で飲み物を購入する。
焼尻島民はコーラが好きなのかどこの自販機もコーラが売り切れている。
アクエリアスとブラックコーヒーを購入し原生林へ到着。
散策路は整備されていて歩きやすい。
自転車も乗り入れることができるので歩行者に注意してサイクリングも良いだろう。
焼尻のオンコの木は、四方八方から吹く強い浜風や冬の積雪の影響で高く育つことができず、奇形な木が多い。
苦しそうに叫んでいるように見える木や、クルリと捻じれた木など1本1本表情が違うので見ていて全く飽きない。
ひと際目立つ巨木は焼尻の天狗に纏わる伝説がある。
約1時間ほどゆっくりと鑑賞しながら植物からパワーを充電させてもらった。
~地元の若者~
野営場へ戻るともう一人のキャンパーさんはテントを撤収している最中だった。
帰りのフェリーの時間も近づいていたのでテントを片付け身支度をする。
途中、地元の人しかわからないような道から学生風の男女5~6人がカメラを持って海辺へ向かっていった。
身支度を済ませフェリーまでの残り短い時間を名残惜しむように、この光景を目に焼き付ける。
海辺では若者たちが楽しそうにはしゃいでいた。
~フェリーターミナル~
フェリーの出発時間が近づき、フェリーターミナルへと向かう。
この島は、猫がとても多い。飼い猫なのか野良猫なのかはよくわからないが人間に対する警戒心は全くない。
フェリーの待ち時間の間、猫にカメラを向け時間を潰す。
フェリーの出発時間が近づくと野営場で一緒だったキャンパーさんも同じフェリーで帰るようでしばらく会話を楽しんだ。
また、再びこの島に来ることを自分自身に約束しフェリーに乗り込んだ。
~エピローグ~
この島は何もなく退屈な島だという人が多いが「何もない」「退屈」とは一体なんだろうか?
少なくとも野営場にいた若者たちの笑顔はこの環境を何もない、退屈だとは思っていないはず。
もしも、何もないと感じるのならば
『何もない』
ではなく
『見つけようとしていない』
だけなんだ。
約20時間この島に滞在してみて・・・
楽しみとは娯楽施設があるとか、豪華な食事やホテルとか、お金で何でも手に入るとかそんな物理的なことではなく
何もない中で、何を見つけ、感じ、喜び、感動し、泣き、笑えるか?なんだと感じた。
楽しみは常に『自分の心』の中にあるということを改めて気づかせてもらえた旅だった。