free_Json's blog

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#55 「遭難の考え方1 心の余裕に潜むリスクについて」

誰と山に登るのか?で変化するマインド

私は山登りは基本ソロで行動することが多いのだが

仲間や嫁と一緒に登ることもある。

それぞれの登山の特徴としては・・・

仲間との登山で私は 経験が浅い方なので色々と勉強になる部分が多く心強いのだが その反面 どこかで仲間に頼ってしまい 自分に甘えがあるように思えてしまう。

ソロ登山では全て自分の責任であるから当然 気持ちも引き締まるし より慎重な計画・行動が必要となるので その分 達成感も大きく スキルアップにも繋がると感じている。

嫁は 私が登山を始めてから付き合いで一緒に登り始めたので 私がガイド役的な立場になっている。

と 人に頼りながら行動することもあれば 完全自己責任の中で行動するときもあれば 人の命や安全に気を配りながら行動するときもあったりと 誰と行くのか?で 全く 立ち位置が変わってしまうのだ。

 

そんな中でやはり嫁との登山が一番慎重になる。

嫁の体力を考え重たい荷物は自分が背負い なるべく身軽にさせたり

嫁の体調を見ながらペース配分やルートの変更 小休止・大休止などを考えたり

危険箇所では 注意喚起し 必要であればサポートをしたり

天候を予測し体温調整に気を配ったり

と様々な気配りが必要となる。

 

その為 嫁と登る山は 自分が登った事のある山と決めている。 (一部 条件的に例外もあるが・・・)

自分が経験した山でなければ 何か問題が発生した時に 心の余裕がなくなり 嫁の安全を確保することが容易ではなくなると考えているからだ。

 

 

心の余裕のリスクについて

前項の最後に心の余裕が必要だと書いたがここでは逆に心に余裕があることで起きてしまうリスクについて書こうと思う。

 

山には様々な危険がある。 「道迷い」・「転倒」・「滑落」・「シャリばて」・「低体温症」・「熱中症」・「脱水症状」・「落雷」・「ホワイトアウト」・「羆」 等々 挙げればキリがない。

そしてそれらの危険が原因で行動予定が「大幅に遅れたり」 「変更を余儀なくされたり」 「行動不能に陥る」 ことを私は遭難と定義している。

私は 山で起こりうる危険というものは 心理的要因が大半を占めていると思っている。

 

ここからは質問形式で書いていきます。
質問について自分なりの答えを導き出してから次に進んでください。

 

 

 

遭難で最も多い 「道迷い」 についてです。

 

 

 

 

 

準備はいいですか?

 

 

 

 

 

 

 

イメージしてください

 

 

Q1 あなたは一人で登山をしています。 登山開始から3時間ほど経過した頃 気づけばルートから逸れてしまい 周りを見渡しても ルートを判断できるものが全く見当たらなかったらどうしますか?

 

 

 

 

 

 

自分なりの答えは導けましたか?

 

 

 

 

 

次へ進みます

 

 

 

 

 

 

登山経験者の方なら 色々な選択肢があるかと思います。

今やスマホアプリ・GPSウォッチがあり容易に自分の現在地やルートを知ることが出来るのだから それを活用するのが最短・最善の答えではないでようか?

 

 

では 次の質問です

 

 

 

 

 

 

準備はいいですか?

 

 

 

 

 

 

Q2 一昔前に比べると便利なツールがあり道迷いのリスク自体は減少しているはずなのに 未だに「道迷い」が遭難の原因ワースト1に君臨している理由は一体 何故でしょうか?

 

 

 

答えは導けましたか?

 

 

 

 

 

次へ進みます

 

 

 

 

 

私はその理由を 前項「誰と山に登るのか?」で例えると「仲間との登山」に近いと感じています。 

便利で必要な情報が瞬時にわかるGPSツールは 経験豊富な心強い仲間と同様な存在なのではないでしょうか?

「迷ってもGPSがあるから大丈夫」=「この人と行動していれば大丈夫」のようにどこかで依存してはいないでしょうか?

 

また 「低山だから」とか「登りなれている山だから」などの理由で楽観視してしまうことも道迷いに繋がっています。

 

このように便利なツールや頼れる仲間の存在 難易度の低い山や 熟知している山などでは 心に余裕ができ 気持ちが大きくなりやすく 準備や確認という作業が疎かになりがちです。

 

 

 

次の状況はどうでしょうか?

 

 

 

 

 

準備はいいですか?

 

 

 

 

 

 

Q3 Q1の状況でスマホアプリを確認しようとしたら バッテリー残量がなくなっていて確認できなかった。(※ここではスマホしか持っていないと仮定します) あなたの その後の 行動は?

 

 

 

 

 

自分なりの答えは導けましたか?

 

 

 

 

 

 

次へ進みます

 

 

 

これは実際に私の仲間に起こったことですが ポケットの中にスマホを入れていたらいつの間にかライトがオンになっていて気づいたときにはスマホを使用できないくらいの残量になっていました。

便利なツールが使えなくなった時 あなたはどのような行動をとるでしょうか?

 

紙の地図とコンパスがあるからそれで確認するという人もいるでしょう。 ただそれには事前に地図読みのスキルが身についてなければなりません。

「万が一の為にただ紙の地図やコンパスを持っている」だけでは意味がないのです。 その地図には「磁北線」が描かれているでしょうか? 地図記号は理解しているでしょうか? 等高線を見ながら地形がイメージできるでしょうか?

 

 

さて 次の状況です。

 

 

 

 

 

 

準備はいいですか?

 

 

 

 

 

 

Q4 Q3の状況下で地図もコンパスも持っていなかった(若しくは地図読みのスキルが身についていなかった)。 また日帰り登山の予定だったのでビバークの備えもなくヘッデン(ヘッドライト)も持っていない。 周囲は陽が段々と傾いてきている。 あなたはどう行動するでしょうか?

 

 

 

 

 

自分なりの答えは導けましたか?

 

 

 

 

 

 

 

次へ進みます

 

 

 

 

 

 

 

 

さあ 段々と条件が悪くなってきました。 現在地がわからない状況でスマホもバッテリー切れ 陽は傾き始め ゆっくりと考える時間の余裕もなく 引き返すにも3時間はかかってしまう ヘッデンも持っていない ビバーク装備もないとなると あなたはどうしますか?

 

この時点でさっきまであったはずの心の余裕は全くなくなりパニックに陥ってしまうでしょう。 パニックに陥った人間の思考は まともな判断ができません。 本来 タブーとされている 「取り敢えず下る」や「沢沿いに下る」などの行動を取ってしまう人が多く結果 道迷いからの滑落事故などに繋がり命を落とすなんてこともあるのです。

 

心に余裕を持つことは冷静な判断をするために大切ですが 心の余裕に依存してしまうと 気づいたときには遭難していたなんてことが起きてしまうのです。

 

「依存」とはそれがなくては生きていけない状態という意味あいで使われ 行為や思考のコントロール障害とも言われています。

 

つまり心の余裕に依存するということは その時点で登山中の行動や思考をコントロールできていないことになるのです。

 

心に余裕を持ちつつも依存しない ということが必要となるのです

 

ちょっと長くなってしまったので今回はこの辺で

続きは次回 「遭難の考え方2 プチ遭難を見逃すな!」で 書いて行こうと思います。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました!